代議制民主主義とはなにか
前回は、民主主義とはなにかを確認した。
民主主義
国民が政治運営上の権力を持ち、国民の意思をもとにして政治を行う政治体制
では、「国民が政治運営上の権力を持つ」や「国民の意思をもとにして政治を行う」とはどういうことか。これが次の疑問だ。
政治学者の待鳥聡史氏による民主主義の定義はこのようなものだ。(待鳥聡史『代議制民主主義』)
民主主義
社会を構成するすべての成人が、その過程に関与する権利を持つ決定の方式
これは、選挙にもとづく民主主義を念頭に置いた定義だ。
この定義によると、「政治運営上の権力を持つ」とは「投票権を持つ」ということである。そして、「国民の意思をもとにして政治を行う」とは「国民によって選挙で選ばれた代表者が政治を行う」ということなのだと読める。
それは、英英辞典Oxford DicitionariesのDemocracy(デモクラシー)の定義でも同様である。
Democracy
A system of government by the whole population or all the eligible members of a state, typically through elected representatives.
国家のすべての人々、あるいはすべての有資格者による統治システム。(選挙によって)選ばれた代表者を通じて統治されるのが典型である。
直接民主主義と代議制民主主義
ここで、民主主義の分類について確認する。
民主主義は、直接民主主義と代議制民主主義のふたつに分けられる。
直接民主主義とは、構成員が、代表者(代議員)などを介さずに、所属する共同体の意思決定に直接参加し、その意思を反映させる政治制度または思想だ。
例としては、古代ギリシャの民主政が最も知られている。しかし、現在このような政治制度を導入している国はほとんどない。
なので、実際に民主主義に基づく統治を行うときには、代議制民主主義が政治制度として用いられている。
そこで、これからは代議制民主主義に焦点をしぼって、整理していくことにしよう。
代議制民主主義とはなにか
代議制民主主義とはなにか。それは、直接民主主義の定義の裏返しだ。
代議制民主主義
構成員が、代表者(代議員)などを介して、所属する共同体の意思決定に間接的に参加し、その意思を反映させる政治制度または思想。
委任と責任の連鎖
代議制民主主義の仕組みをわかりやすく図式化すると、下の図のようになる。
これは、比較政治学という政治学の分野でよく用いられる「本人・代理人モデル」というものだ。政治学者の待鳥氏は、このモデルを図で表したときの矢印の連なりを「委任と責任の連鎖」と呼んでいる。
待鳥氏の著書『代議制民主主義』では、これを以下のように説明している。
代議制民主主義の下では、有権者が選挙を通じて政治家を選び、政治家が実際の政策決定を行う。政治家が決めた政策を実施するよう任されるのが官僚である。
(中略)
代議制民主主義には、有権者を起点として、政治家、官僚へと仕事を委ねる関係が存在する。これを「委任の連鎖」と呼ぶ。
有権者から政策決定を委ねられた政治家、政治家から政策実施を委ねられた官僚は、いずれも委ねた人々の想定や期待に応えた行動をとらねばならない。そのような行動をとっていると説明できる状態を「説明責任(アカウンタビリティ)」が果たされているという。説明責任が果たされなければ、選挙での落選や担当業務からの左遷が待っている。
すなわち、代議制民主主義には、委任の連鎖とは逆向きの「責任の連鎖」も存在する。
(中略)
代議制民主主義とは、委任と責任の連鎖が確保されている政策決定の仕組みを指す。
なるほど。このモデルはわかりやすいし、納得感もある。
ただ、ここでひとつ注意しておきたい。
ものごとの仕組みを図式化するというのは、それをわかりやすく説明するために、その仕組みの重要な要素だけを取り出して表現する作業である。
だから、委任と責任の連鎖は代議制民主主義の重要な要素ではあるが、代議制民主主義のすべてを本人・代理人モデルで説明することはできないのだ。
このことを踏まえて、次のふたつのことを考えてみよう。
・本人・代理人モデルは、代議制民主主義のなにを説明しているのか。
・本人・代理人モデルは、代議制民主主義のなにを説明していないのか。
本人・代理人モデルは、代議制民主主義のなにを説明しているのか
本人・代理人モデルは、代議制民主主義が民主主義のひとつであることを示している。
つまり、代議制民主主義においても、「国民が政治運営上の権力を持つ」ということ、「国民の意思をもとにして政治が行われる」ということを表現している。
本人・代理人モデルの図を再び確認してほしい。
委任の連鎖の出発点は有権者(国民)であり、責任の連鎖の終着点も有権者(国民)である。これは「国民が政治運営上の権力を持つ」ということを表している。
また、矢印の出発点と終着点に立つことによって、有権者は政策決定と政策実施のいずれにも関与している。これは「国民の意思をもとにして政治が行われる」ということの表現になっている。
本人・代理人モデルは、代議制民主主義のなにを説明していないのか
大きく分けてふたつ挙げよう。
まず、本人・代理人モデルにおける「委任」とはなにかということである。特に「国民が政治家に政策決定を委ねる」とはどういうことか。
また、本人・代理人モデルは、有権者、政治家、官僚をそれぞれひとりの人間のように表現しているが、実際には集団であり、ばらばらの個人によって構成されている。
つまり、次のような論点が省かれている。
・選挙での各有権者の投票をどのように集約するのか。その集約した結果、誰を政治家にするのか。どれくらいの任期を与え、何を行わせるのか。(選挙制度)
・政府を運営するうえでの責任者(日本でいう内閣総理大臣)をどのように選ぶのか。政府はどのように運営されるのか。(執政制度)
次回以降は本人・代理人モデルが説明していない、以上のような点についてさらに整理してみたい。
次回は、その中でも「委任」とはなにかについて考える。
参考文献
English Dictionary, Thesaurus, & grammar help | Oxford Dictionaries
待鳥聡史『代議制民主主義』
粕谷祐子『比較政治学』