人生における成功と仕事
リチャード・シェル『ウォートン・スクールの本当の成功の授業(原題: Launching Your Personal Search for SUCCESS)』
筆者と本書について
筆者はペンシルバニア大学のビジネススクールで教鞭をとっているが、20代にはペンキ職人などの職を転々としながら世界各地を放浪した異色の経歴の持ち主。
本書はそんな彼が同校で開設して以来続く人気講座である「成功の授業」を受けて書かれたものだ。すべての内容が特別なものというわけではないが、人生における成功についてわかりやすくまとまっているし、エピソードや「演習」は示唆に富んでいる。
そこで、思考の整理として、本書の一部についてまとめてみようと思う。
冒頭、筆者は以下の2つの質問を読者に投げかける。
① 人生における成功とは何か
② どうやって成功するか
本書はこの2点について考えているが、今回は①についてのみ見ていく。
成功の4つのセオリー
成功とは何かを考える前に、筆者は成功に関する基本的な4つのセオリーを紹介している。
セオリー1. 成功には試行錯誤が必要
人生の目標を考えるばかりでなく、リスクを負って挑戦しよう。挑戦してみて自分に合わないと感じたらまた探せばいい。
セオリー2. 成功の価値観は自分自身の中にある
人生の目標はどこからともなく現れるのではない。まず、自分自身を取り巻く文化や家族に「押し付けられた」成功の価値観に気づかなくてはならない。そして自分自身の成功の定義を明確にするために、自分の内面を見つめ、自分自身が心から尊重できるものを発見しなければならない。
セオリー3. 成功とは仕事だけのことではない
成功とは仕事に限られた概念ではない。
セオリー4. 成功とは旅である
学び、成長し、成熟していくなかで、20代に興味をそそられていたものが、30代、40代にはおもしろくなくなるかもしれない。それは自分に新たな素質が備わったということであり、自分自身の能力と経験の組み合わせが変わることで、新しいチャンスが生まれる。
成功には2つの側面がある
さて、人生における成功とは何だろうか。成功を主に「対外的な達成度」で判断する人と、主に「内面的な満足感・充足感」で判断する人がいる。このバランスは人によってそれぞれ異なる。
成功の内的側面―幸せとは何か
まず、成功の内的側面について考えてみる。
「人生における成功とは何か」と聞かれると、多くの人は「幸せになることです」と答える。ではその幸せとは何を意味するのだろうか。筆者は幸せを、以下の3つに分類している。
幸せの3つの意味
① 瞬間的幸せ
瞬間的に湧き上がるポジティブな感情
例:おいしいものを食べたとき
② 総合的幸せ
過去と未来、人生を総合的に評価・判断しての幸せ
例:順調なキャリア、健康、良きパートナー
③ 魂の経験
その人にとって正しい種類の課題に対して、正しい種類の努力を注ぐことから生まれる充足感(ヘブライ語でいうところの「シムハ」)
第3の幸せ「魂の経験」
これだけ少しわかりづらい。「魂の経験」が「瞬間的な幸せ」や「総合的な幸せ」と大きく異なる点は、それがネガティブな感情も含んでいるということである。
ポジティブな感情だけが幸せではない。苦しい時期も、その後充足感を得るような学びになりうるのである。
「わたしたちの文化は、ポジティブな感情こそ良い人生の第一指標だという先入観にとらわれているせいで、決定的な要素を候補から除外している」
これら3つの比重は人それぞれだが、みなさんはこのなかでどれを重視するだろうか。
成功の外的側面
次は成功の外的側面について考えてみよう。この話をする前に筆者は1つのエピソードを紹介している。
とある弁護士の話
起業家ボルチは、法務顧問として弁護士を探していた。
そこで頼りにする法律事務所で「おすすめの弁護士はいないか」と聞いたところ、とある弁護士が答えた。
「俺を雇うっていうのはどうかな?」
「それができたら言うことないさ」とボルチは言った。
「でもうちじゃ、君が今の事務所でもらっているような給料は到底出せないよ」
「構わないよ」と弁護士。
「その仕事を受けるよ。いくら払うかは好きに決めてくれ」
ボルチは興味を引かれてこう尋ねた。
「今の事務所の仕事に何か問題でもあるのかい」
「いや」と弁護士は言った。
「何の問題もない。ただ、もっとパイを食いたいかどうかって話さ」
「パイ…?」
弁護士は説明した。
「今まで俺がやってきたことって、パイの大食い大会みたいなもんさ。高校ではいい大学に入るために勉強して、大学では良いロー・スクールに入るために勉強して、ロー・スクールでは一流の法律事務所に就職するために勉強した。そして法律事務所ではパートナー弁護士になるために働いた。それでやっとわかったんだよ。それってパイの大食い競争じゃないかって。勝った後にもらえる賞品はいつも同じ。『パイがもっと食べられる権利』。そんなの誰が欲しい?」
ボルチはその場で彼を採用した。
成功の固定観念を形成する家族、文化的な価値観
この話は、ありがちな成功についての固定観念への問題提起である。
刻み込まれた家族や文化の価値観は、成功についての固定観念を無意識のうちに形成し、成功を測るうえで決定的な役割を果たすのだ。
成功を自分で定義するには、家族や文化の価値観をどう取捨選択するか(すべて捨てろとは言っていない)を考える必要がある。
・家族
両親の愛情が無条件のものではない場合がある。親から過剰な期待をかけられることで、真の成功の達成が困難になるかもしれない。
・文化的価値観
世界のどのコミュニティでも、その内にある成功の価値観は、はっきりとは目に見えないが誰しも幼いころから、成功しているとはどういうことかというメッセージを数え切れないほど聞かされている。
親だけでなく、特定の学校に入ろうとしたり、特定の種類の人と付き合おうとしたり、特定の製品を買おうとしたり、特定の仕事につきたがったりと、必死になる周りになる人を見るうちに世間一般の価値観を刷り込まれる。
例えば、ビジネス・スクールの学生はステータスの高い職業は何かという問いに対して、ほぼ全員の答えが一致する。“テクノロジー、ファイナンス、コンサルティング”だ。はじめのうちは内心疑いを抱いている者たちでさえ、あっという間にその渦の中に飲み込まれ、ビジネス・スクールの文化を刷り込まれていく。
名声と富の誘惑
マスメディアが示す成功のイメージとして刷り込まれるのが「名声と富」だ。そのため、曖昧な自己像を強化するためだけに名声や富を求め続けると、成功中毒者になってしまう可能性がある。
名声や富には限度がない。名声やお金そのものには問題があるわけではないが、それらとそれらで得られると考えるステータスに対する過剰な欲求には大きな問題がある。
名声や富に代わる目標とは?
―認知的尊敬ではなく情報に基づいた尊敬、富ではなく経済的安定を
外的な意味での成功を求めること自体が間違っているわけではない。地位や名声や富を目指す代わりに正しい成功の道から外れないためには、間違った種類の尊敬である「認知的尊敬」にではなく、「情報に基づいた尊敬」に関心を持ったほうがよい。
認知的尊敬とは、社会的に認知されることで自分が特別な存在であるかのように扱われる尊敬である。一方で、情報に基づいた尊敬とは、才能や実績を正当に認めてくれる人たちから受ける尊敬を指す。
前者は限度がなく、過剰な欲求に結びつきやすいが、後者は自分を理解してくれる一部の人に対する感謝となりやすい。
そして無制限の富ではなく、自分と家族が安心して暮らせる程度のお金で実現できる「経済的安定」を求めたほうがよい。そしてそれ以上のお金をいくらか手放すとよい(衣食住と多少の楽しみに使える程度の、平均して7万5000ドル~10万ドルの収入があると、それ以上得ても「瞬間的幸せ」は上昇しない)。
これらの成功の外的側面、内的側面に基づいて自分なりの成功の定義をする必要がある。
人生における成功と仕事
仕事は成功の一部である。成功の定義のしかたによってそのなかの仕事の位置付けも変わるし、仕事の位置づけ方によって成功の定義も変わってくる。
筆者はまず、職業の3通りの捉え方を紹介する。
職業の3通りの捉え方
① 労働
自分の仕事を、主に給料を得る手段とみなし、仕事とは関係のない私生活を支えるために働く。
② キャリア
自分の職場を、専門的職業や技術領域などの修練の場と考える。そして今の仕事は、より高い職責、より高い給料を得るための地道なプロセスの1つと捉える。仕事は「未来の自分」を約束してくれるもの。
③ 天職(やりがいのある仕事)
自分がその職に携わっていることを幸運だと感じる。なぜなら仕事は自分にとって何か重要なものの反映だからだ。あるいは、仕事が自分にしかない、個人的な価値観を表現するチャンスを与えてくれるからだ。
このうち、仕事を労働とみなす人がそれをやりがいのある仕事だとみなすことはなく、キャリアとみなす人がそれをやりがいのある仕事だとみなすことは比較的多い。そしてそれは仕事の種類によるのではなく、単純作業であったとしても、次の問いに答えるものであればどんな仕事でもやりがいのある仕事になる。
「自分と仕事を結びつけ、仕事にやりがいを与えてくれる記憶、経験、情熱、価値観、ストーリーは何か」
また、やりがいのある仕事とは以下の3円の重なる部分であると言える。
・報酬が得られる仕事
職業カウンセリングの専門家カレン・バーンズによれば、自分の仕事が「大好きというわけではないが嫌いでもない」という世の中の大多数の人たちはとても充実した生活を送っている。社会的身分、自尊心、自立感、社会との結びつきなども得られる。
・才能と強みを生かせる仕事-「黄金の手錠」の問題
自分の才能を生かせる仕事を探すのは大切だが、たまたま得意だという理由だけでそれを仕事にすることにはリスクもある。
その例が、優秀な人にありがちな「黄金の手錠」の問題である。例えばビジネス・スクールの学生は、たいてい定量分析の才能に極めて優れており、そして卒業後はたいていその才能と強みが生かせる金融やコンサルティング、会計といった給料の高い業界に落ち着く。ただ、数年たつとその仕事に「もう飽きてしまった」という学生も多いが、高額な給料に依存したライフスタイルを送っているため、今以上に満足できる仕事を見つけることができないという「手錠」をかけられた状況に陥る。
・情熱を燃やせる仕事
通常の趣味だけでなく、趣味や地域活動も含む。例えば、労働として仕事に取り組む人が人生の満足感を求めて、給料目的の仕事から完全に隔離した場所で「情熱に関連する」仕事をする場合である。
もし仕事にやりがいを求めるならどのようにその仕事を探せばよいのだろうか。仕事のやりがいには以下の7つの源がある。そのうちどれに心を揺さぶられるかで仕事を選べばよい。
1. 個人の成長と発展:仕事を通じて成長する喜び
2. 起業家的独立性:裁量の自由
3. 宗教的または精神的アイデンティティ:宗教的価値観への献身
4. 家族:家族の期待に応える
5. アイデア・発明・芸術を通した自己表現
6. コミュニティ:そのコミュニティの一員であることの誇り
7. 才能を磨く努力:職人的情熱
おわりに
この本は、「成功を定義したうえでどうやってそれを実現すればいいのか」についても議論している。他にも面白いエピソードがあるので、気になったらぜひ。