さくらレポートとは

日銀が「さくらレポート」を公表

今月15日、日本銀行が地域経済報告(さくらレポート)を公表した。そのなかで、日銀は、全国9地域のうち6地域の景気判断を「拡大」とした。

北陸・東海で景気「拡大」 1月日銀報告 10年9カ月ぶり複数地域 :日本経済新聞

 

ニュースでこの日銀の景気判断について、たびたび目にすることはあったが、その景気判断を示しているさくらレポートを読んだことがなかった。

いい機会なので、思考の整理として、このさくらレポートについて調べてみた。

 

さくらレポートとは

「支店長会議」のための情報を集約

日銀では、総裁をはじめ全役員、全国32の支店長等が集まり、各地域の経済動向について報告・討議をする「支店長会議」が年に4回(1、4、7、10月)開催される。

適切な金融政策を遂行する上では、経済・物価情勢の実態把握や先行きについて的確な見通しを持つことが必要となる。この会議は、そうした見通しについて、その時点での日銀の認識を確定するものだ。

さくらレポートは、その会議に向けて収集された情報をもとに、支店等地域経済担当部署からの報告を集約した資料である。

 

調査統計局の「地域経済調査課」が編集・作成

さくらレポートの編集・作成を担う部署は、日本銀行調査統計局の地域経済調査課である。これは、12年7月に設置された課で、もともとに調査統計局内にあった「地域経済担当」というグループを格上げしたものだ。

 

「現場の声」を反映

さくらレポートには何が書かれているのか。日銀の担当者が各地域の企業に足を運んで行う聞き取り調査によって得られた「現場の声」が反映されている。具体的な内容については後ほど掘り下げていく。

 

さくらレポートの内容 

さくらレポートとはなにかについて、これまでで簡単に確認した。ここで、さくらレポートの内容について詳しく見ていこう。 

 

景気の統括判断

2017年に入ってから、さくらレポートは「総論」と「各論」の2章構成になっている。

第1章は「総論」にあたり、各地域の景気の統括判断とその判断の背景が示されている。

景気の統括判断は、下のような「回復している」や「拡大している」といったフレーズで表されるものだ。これは、経済状況の現状と方向性についての表現である。

ニュースでは、この統括判断が前回と比べてどう変化したかが注目される。たとえば、今回は、東北・北陸・近畿の3地域の統括判断が上方修正されたことが大きく報道された。

 

 

前回(2017年10月)

改善度

今回(2018年1月)

北海道

回復している

回復している

東北

緩やかな回復基調を続けている

緩やかな回復を続けている

北陸

緩やかに拡大している

拡大している

関東甲信越

緩やかに拡大している

緩やかに拡大している

東海

拡大している

拡大している

近畿

緩やかに拡大している

足取りをより確かなものとしつつ、緩やかに拡大している

中国

緩やかに拡大している

緩やかに拡大している

四国

緩やかな回復を続けている

緩やかな回復を続けている

九州

沖縄

緩やかに拡大している

緩やかに拡大している

 

第1章では統括判断の背景も示される。

たとえば、今回のレポートでは、これら3地域の統括判断が引き上げられた背景についてこのように説明されている。

 

前回(2017年 10 月時点)と比較すると、3地域(東北、北陸、近畿)で総括判断を引き上げている。
東北では、内外企業の設備投資の積極化に伴う、はん用・生産用・業務用機械 の増産から、また、北陸では、能力増強や省力化を目的とした設備投資の増勢の強まりなどから、判断を引き上げている。
近畿では、輸出の増勢の強まりや個人消費の改善を踏まえ、判断を引き上げている。
一方、残り6地域では、総括判断に変更はないとしている。
 

統括判断のフレーズ

この統括判断では、微妙な言い回しの変化によって、各地域の景気認識が示される。
たとえば、今回のレポートでは、東北の統括判断が、「緩やかな回復基調を続けている」から「緩やかな回復を続けている」に上方修正された。
基調という単語が取れたことが上方修正を意味するというのは、正直わかりづらい。
なので、ここで統括判断のフレーズについて、整理しておきたい。
 
先ほども書いたように、統括判断は、経済状況の現状と方向性についての表現である。
つまり、統括判断のフレーズには、「その時点で景気はいいのか、悪いのか」という情報と「景気はよくなっているのか、悪くなっているのか」という情報のふたつが含まれている。
ここで、下の図のような景気の波をイメージするとわかりやすい。f:id:highjamp:20180117220756p:plain

図の曲線は景気の波を表している。
そして、この波には一番低く「谷」になっている部分と、一番高く「山」になっている部分がある。統括判断のフレーズは、現在の各地域が景気の波でいうところのどの部分にあるのかを教えてくれる。
たとえば、景気が一番悪い「谷」の部分では、「低迷している」というフレーズが用いられる。この表現は、2009年4月や7月の北海道の統括判断に盛り込まれた。
その「低迷している」から景気が改善すると「持ち直している」というフレーズが使われる。
先ほどの例でいえば、「低迷している」とされていた北海道は、2009年10月には「低迷しているものの、持ち直しの動きもみられる」というふうに判断が引き上げられた。

企業への聞き取り調査

第1章が「総論」だったのに対し、第2章は「各論」にあたる。
言いかえると、第1章では、統括判断とその背景の簡単な説明で各地域の経済状況をざっくりと示している。
それに対して、第2章では、統計データによるマクロな分析と企業への聞き取り調査によるミクロな分析から、各地域の経済状況をくわしく報告している。
 
とはいえ、さくらレポートでは、統計データは文書の最後に参考として付け加えられている程度の扱いである。
むしろ企業への聞き取り調査によって得られた「現場の声」の反映に注力されている。
 
さくらレポートでは、聞き取り調査の結果を、公共投資、輸出、設備投資、個人消費等、住宅投資、生産、雇用・所得の7つの項目に分けて報告している。
 

さくらレポートにみる、企業の人手不足への対応

紙幅の都合上、今回のレポートで興味深かった点をひとつだけ挙げてみたい。
それは、各地域の企業が深刻化する人手不足にさまざまなやり方で対応しているという点だ。
 
具体的には、以下の5つに分けることができる。
1つ目に賃上げや正社員化といった「待遇改善」。
2つ目に定年の延長や再雇用制度の拡充、採用対象の拡大といった「雇用対象の多様化」。
3つ目にキャリアコンサルティング会社や派遣会社の活用、あるいは買収といった「外部の活用による人材確保」。
4つ目に省力化あるいは新規出店の抑制や営業時間の短縮といった「労働需要の削減」。
5つ目に「採用の断念」。
 
そして、さくらレポートで報告されていた聞き取り調査の結果を、この分類に基づいて下にまとめた。
 
 賃上げ
・トラックドライバーの繋留を図るべく、賞与を1人あたり年間10万円程度増額したほか、残業代を分単位で支給するように改めた(札幌[運輸])。 
・派遣社員の需給がタイト化しているため、派遣料金を引き上げることで人員確保に努めている。この結果、派遣社員と正社員との賃金格差が縮小している(福島[情報通信機械])。
・現場作業員の新卒採用が困難化しているため、2018年度も2017年度と同じく定昇込みで3%程度の賃上げを行う必要がある(新潟[建設機械])。
・人手確保のため、2018年度は、初任給の引き上げとともに、若手社員を中心にベアによる賃上げを行う方針。これにより高年齢層は若手社員比で昇給幅が緩やかになるが、代わりに特別給与を支給予定(松本[建設])。
正社員・パートともに賃金引き上げを進めており、特に人手不足が非常に強いパートについては、最低賃金の改定幅以上に時給を引き上げた(北九州[小売])。
 
正社員化
・人材確保が困難化しているため、パート労働者の正社員化を積極的に推進している(秋田[食料品])。
・派遣社員の確保も困難化しているため、年間4~5名の派遣社員を正社員として雇い入れる方針(広島[自動車関連])。
・将来的な働き手を確保するため、派遣社員や契約社員を直接雇用や正社員に切り替える動きが増えている(鹿児島[人材派遣])。
   

定年の延長、再雇用制度の拡充

・生産設備に余裕があるものの、人手不足により生産量を伸ばすことができない。このため、定年延長で高齢層を繋ぎ止めるほか、ここ数年2%ほど実施しているベアを2008年以降も行うことで新規採用を増やしていく(福島[はん用機械])。 

・変則的な勤務環境を敬遠する若者が多く、人材確保が難しいため、定年退職者の再雇用制度などにより、労働力の確保を検討している(松山[紙・パルプ])。

・派遣社員の時給高騰を受けて、高年層の繋ぎ止めをより重視することとし、経験やスキルに応じて再雇用者の給与減額幅を縮小している(金沢[生産用機械])。

  

採用対象の拡大

 ・企業が労働条件の改善により定着率上昇を図る動きが広まる中、転職希望者が減少していることから、中途での採用を諦め、高卒の新卒採用へと切り替える先がみられる(釧路[行政機関])。

・仙台市内で求人広告を出しても応募者が全く集まらない状況のため、外国人の受入れを強化しており、今後も拡大させる方針(仙台[飲食])。

・パート時給の引き上げのほか、短時間勤務や朝のみの勤務形態を設けるなど、応募要件の緩和を行って、主婦層などの新規採用につなげている(金沢[小売])。

・高水準の生産が続く中で人手不足感が強まっており、期間従業員だけでなく派遣社員や外国人労働者の活用を増やしている(名古屋[自動車関連])。

・当社周辺の大手製造業が採用を強化する中、中途採用でも正社員を確保できないため、2018年からベトナム人を雇用することとした(松江[食料品])。

・機械化が難しい設計部門の人手不足が顕著。このため、採用対象を即戦力の大学院卒にも広げ、採用強化に努めている(岡山[船舶関連])。

 

外部の活用による人材確保

・中途採用を強化しており、キャリアコンサルティング会社を活用している。高額な仲介料を考慮しても技術系人材を確保する必要がある(前橋[自動車関連])。

・労働需給がタイト化し、直接雇用では従業員が集められなかったため、コストは増えるが、派遣会社を活用して社員を充足している(高知[窯業・土石])。

・工事案件を多く抱えているもとで施工部門の人員が不足している。このため、後継者不在により廃業等を検討している施工会社を買収することで人員を確保することを検討している(高知[建設])。

 

省力化

・人手不足対策として店頭で提供する食材の加工工程の機械化を順次進めている。 1台で1時間あたり▲3.5名分の省人化効果がある(札幌[飲食])。 

・採用難による人手不足を受けて、省力化設備の導入も行う計画(福島[はん用機械])。

・人手不足の中、製造工程での半製品の移動や、それに合わせた各装置の始動作業をアームロボット等で置き換える予定(金沢[電子部品・デバイス])。 

・人手不足感が強い中、タブレット端末の導入や、高機能調理器具の導入による生産性向上に努めている(静岡[飲食])。 

・人手不足に対応するため、販売管理や運行管理を効率化するシステムの新規導入などを積極的に実施している(神戸[小売、運輸・郵便])

・人手不足の中で受注の増加が続いていることから、極力人手をかけないよう省力化を意識しながら能力増強投資を行っている(松江[電気機械])。

 

新規出店の抑制や営業時間の短縮

・人手不足を背景に、店舗運営人員の確保の目途が立たず、新規出店を見送るケースが増えている(大阪[対個人サービス])。

・営業終了時刻が終電時刻を過ぎることがアルバイト確保の障壁となっていたため、終業時刻の前倒しを進めており、一定の効果が出ている(札幌[飲食])。

・少子化が進むもとで、求職者数の減少が続いている。こうした働き手の不足が新規出店の抑制や営業時間の短縮など、事業制約となる事例が増えている(大阪[行政機関])。

 ・店舗販売員の人手不足が深刻であることから、一部店舗で定休日を設けたほか、営業時間も短縮した(金沢[小売])。

・伊豆地域の旅館業界では、板前や仲居の人手不足が慢性化しており、部屋食サービスの見直し等を行っている(静岡[旅館])。

 

採用の断念

・地元校の卒業者数が減少していることに加え、地元での就職希望者が極端に少ないことから、新卒採用を見送らざるを得ない状況(札幌[建設])。

・採用活動があまりにも困難化したため、一部企業では新たな人員確保そのものを諦める動きもみられている(名古屋[人材派遣])。

 

さくらレポートを読むと、面白い発見があると思うので、よかったらぜひ。

 

参考文献

「地域経済報告ーさくらレポートー(2018年1月)」

https://www.boj.or.jp/research/brp/rer/data/rer180115.pdf

 

「日本銀行の組織図」

http://www.boj.or.jp/about/organization/chart.pdf

 

「組織図:統計調査局」

http://www.boj.or.jp/about/organization/chart/data/tai07.pdf

 

「フォーカスBOJ 調査統計局『地域経済調査課』の仕事」(広報誌『にちぎん』より)

http://www.boj.or.jp/announcements/koho_nichigin/backnumber/data/nichigin42-7.pdf