直接民主主義の問題点

前回までのおさらい

第1回は、民主主義とはなにかを確認した。

民主主義

国民が政治運営上の権力を持ち、国民の意思をもとにして政治を行う政治体制

民主主義とはなにか - 思考の整理 

 

第2回は、直接民主主義と代議制民主主義という民主主義の2つの類型を確認した。そして、代議制民主主義の仕組みを単純化した本人・代理人モデルを紹介した(下図)。

代議制民主主義とはなにか - 思考の整理

 

第3回である前回は、代議制民主主義においては、政治家が国民を代表して政策決定を行うが、この「国民を代表する」ということの意味合いについて考えた。

「政治家が国民を代表する」とは - 思考の整理

 

今回は、なぜ多くの国で直接民主主義ではなく、代議制民主主義が選択されているのかについて考える。

 

直接民主主義はどこにある?

まず、多くの国で直接民主主義ではなく、代議制民主主義が選択されているという事実を確認しておこう。というより、直接民主主義を採用している国はどこにあるのだろう。

 

直接民主主義の定義は次のようなものだ。

構成員が、代表者(代議員)などを介さずに、所属する共同体の意思決定に直接参加し、その意思を反映させる政治制度または思想。

 

この定義によれば、たとえばアメリカのように、政府を運営する上での責任者(アメリカでいえば大統領)を有権者が選挙を通じて決める政治制度も直接民主主義ではない。

議会へ送り出す代表と、政府の代表を別々に有権者が選んでいるだけで、代表者を介して政策決定をしていることに変わりはないからだ。

 

「直接民主主義 国」でGoogleで検索して出てくる国の筆頭は、スイスである。スイスは直接民主主義を採用しているのだろうか。

結論からいえば、スイスもせいぜい直接民主主義的な制度をいくつか備えている代議制民主主義の国にすぎない。

スイスには、議会が存在し、国民が選挙によって選んだ代表者がここで法律を制定しているからだ。

確かにスイスには直接民主主義的と言えるいくつかの制度がある。

具体的には、議会で一旦承認された法案を国民投票にかけ、議会の議決を覆すことを可能にする制度(任意的レファレンダム)や、国民に連邦憲法の改正を提案できる制度(イニシアチブ)がある。

しかし、これらの制度についても、使うには有権者5万人分、10万人分の署名が必要であり、高いハードルが用意されている。

 

こうやって探してみると、少なくとも主要な国において、直接民主主義を採用している国はない。

 

直接民主主義は可能か

では、なぜ多くの国で直接民主主義ではなく、代議制民主主義が選択されているのか。それは、直接民主主義にはいくつかの問題点があるからだ。

この点について、政治学者の待鳥聡史氏は著書『代議制民主主義』の中で、有権者全員が参加して政策決定を行うことは不可能に近いと指摘し、その理由として次の2点を挙げている。

1. 全員が政策決定に参加することによって生じる時間が大きすぎる

2. ある政策決定の対象となる事柄についての関心や知識が個々の有権者によって異なる

 

1については直感的にわかりやすいだろう。

もし、国会議員が行なっているような法案の作成、審議、議決といった作業を有権者が全員参加するような形で置きかえるとしたら、特に法案の作成と審議では膨大な時間がかかる。そうなると迅速に必要なタイミングで政策を決定することもできなくなってしまう。

そして、有権者の側も、こうした政策決定に割ける時間には限りがある。

国民の大多数は、会社に勤めたり、田を耕したり、台所や赤ん坊の世話をしたりしなくてはならないから、公の事柄に対してはその時間と精力の一部分をささげうるにすぎない。

そこで、かれらは、国会や、市会や、その他そういう政治上の決定を行うところで、自分たちを正当に代表できる人々を仲間の中から選ぶのである。(『民主主義』) 

 

有権者に時間が限られていることは、2とも関連している。 

たとえば、有権者である一般市民は政治や社会に関する決定をすべて行える主権者なのだが、それを行うだけの時間も労力もかけられないし、ここの政策に関して十分な知識も持たないことがほとんどである。

有権者に満遍(まんべん)なく知識や情報が行き渡り、誰もが満足するまで議論できれば良いのかもしれないが、社会全体として決定に費やせる時間にも限りがあるから、政治家に決定を委ねている。(『代議制民主主義』) 

 

そもそも直接民主主義の条件である、「構成員が所属する共同体の意思決定に直接参加し、その意思を反映させている」と言える状況は具体的にどのような状況なのだろうか。

特に、この場合の共同体の意思決定とは何を指すのだろうか。

まず、政策決定が思い浮かぶ。法案(予算案)を作成し、審議し、議決する。これは間違いなく、共同体の意思決定と言えるだろう。しかし、それだけだろうか。

 

これを考えるうえで、民主主義において国民が持つ政治運営上の権力、すなわち「主権」とはなにかについて、確認しておく必要があると思う。

次回は、この点について考えてみたい。

 

 

参考文献

スイス基礎データ | 外務省

スイス文学研究会『スイスを知るための60章』

待鳥聡史『代議制民主主義』

文部省著、西田亮介編『民主主義』