直接民主主義の問題点

前回までのおさらい

第1回は、民主主義とはなにかを確認した。

民主主義

国民が政治運営上の権力を持ち、国民の意思をもとにして政治を行う政治体制

民主主義とはなにか - 思考の整理 

 

第2回は、直接民主主義と代議制民主主義という民主主義の2つの類型を確認した。そして、代議制民主主義の仕組みを単純化した本人・代理人モデルを紹介した(下図)。

代議制民主主義とはなにか - 思考の整理

 

第3回である前回は、代議制民主主義においては、政治家が国民を代表して政策決定を行うが、この「国民を代表する」ということの意味合いについて考えた。

「政治家が国民を代表する」とは - 思考の整理

 

今回は、なぜ多くの国で直接民主主義ではなく、代議制民主主義が選択されているのかについて考える。

 

直接民主主義はどこにある?

まず、多くの国で直接民主主義ではなく、代議制民主主義が選択されているという事実を確認しておこう。というより、直接民主主義を採用している国はどこにあるのだろう。

 

直接民主主義の定義は次のようなものだ。

構成員が、代表者(代議員)などを介さずに、所属する共同体の意思決定に直接参加し、その意思を反映させる政治制度または思想。

 

この定義によれば、たとえばアメリカのように、政府を運営する上での責任者(アメリカでいえば大統領)を有権者が選挙を通じて決める政治制度も直接民主主義ではない。

議会へ送り出す代表と、政府の代表を別々に有権者が選んでいるだけで、代表者を介して政策決定をしていることに変わりはないからだ。

 

「直接民主主義 国」でGoogleで検索して出てくる国の筆頭は、スイスである。スイスは直接民主主義を採用しているのだろうか。

結論からいえば、スイスもせいぜい直接民主主義的な制度をいくつか備えている代議制民主主義の国にすぎない。

スイスには、議会が存在し、国民が選挙によって選んだ代表者がここで法律を制定しているからだ。

確かにスイスには直接民主主義的と言えるいくつかの制度がある。

具体的には、議会で一旦承認された法案を国民投票にかけ、議会の議決を覆すことを可能にする制度(任意的レファレンダム)や、国民に連邦憲法の改正を提案できる制度(イニシアチブ)がある。

しかし、これらの制度についても、使うには有権者5万人分、10万人分の署名が必要であり、高いハードルが用意されている。

 

こうやって探してみると、少なくとも主要な国において、直接民主主義を採用している国はない。

 

直接民主主義は可能か

では、なぜ多くの国で直接民主主義ではなく、代議制民主主義が選択されているのか。それは、直接民主主義にはいくつかの問題点があるからだ。

この点について、政治学者の待鳥聡史氏は著書『代議制民主主義』の中で、有権者全員が参加して政策決定を行うことは不可能に近いと指摘し、その理由として次の2点を挙げている。

1. 全員が政策決定に参加することによって生じる時間が大きすぎる

2. ある政策決定の対象となる事柄についての関心や知識が個々の有権者によって異なる

 

1については直感的にわかりやすいだろう。

もし、国会議員が行なっているような法案の作成、審議、議決といった作業を有権者が全員参加するような形で置きかえるとしたら、特に法案の作成と審議では膨大な時間がかかる。そうなると迅速に必要なタイミングで政策を決定することもできなくなってしまう。

そして、有権者の側も、こうした政策決定に割ける時間には限りがある。

国民の大多数は、会社に勤めたり、田を耕したり、台所や赤ん坊の世話をしたりしなくてはならないから、公の事柄に対してはその時間と精力の一部分をささげうるにすぎない。

そこで、かれらは、国会や、市会や、その他そういう政治上の決定を行うところで、自分たちを正当に代表できる人々を仲間の中から選ぶのである。(『民主主義』) 

 

有権者に時間が限られていることは、2とも関連している。 

たとえば、有権者である一般市民は政治や社会に関する決定をすべて行える主権者なのだが、それを行うだけの時間も労力もかけられないし、ここの政策に関して十分な知識も持たないことがほとんどである。

有権者に満遍(まんべん)なく知識や情報が行き渡り、誰もが満足するまで議論できれば良いのかもしれないが、社会全体として決定に費やせる時間にも限りがあるから、政治家に決定を委ねている。(『代議制民主主義』) 

 

そもそも直接民主主義の条件である、「構成員が所属する共同体の意思決定に直接参加し、その意思を反映させている」と言える状況は具体的にどのような状況なのだろうか。

特に、この場合の共同体の意思決定とは何を指すのだろうか。

まず、政策決定が思い浮かぶ。法案(予算案)を作成し、審議し、議決する。これは間違いなく、共同体の意思決定と言えるだろう。しかし、それだけだろうか。

 

これを考えるうえで、民主主義において国民が持つ政治運営上の権力、すなわち「主権」とはなにかについて、確認しておく必要があると思う。

次回は、この点について考えてみたい。

 

 

参考文献

スイス基礎データ | 外務省

スイス文学研究会『スイスを知るための60章』

待鳥聡史『代議制民主主義』

文部省著、西田亮介編『民主主義』

 

「政治家が国民を代表する」とは

前回までのおさらい

前々回は、民主主義とはなにかを確認した。

民主主義

国民が政治運営上の権力を持ち、国民の意思をもとにして政治を行う政治体制

民主主義とはなにか - 思考の整理 

 

前回は、直接民主主義と代議制民主主義という民主主義の2つの類型を確認した。そして、代議制民主主義の仕組みを単純化した本人・代理人モデルを紹介した(下図)。

代議制民主主義とはなにか - 思考の整理

  

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今回は、このモデルにおける「委任」の意味についてさらに考えたい。

ただし今回は、有権者→政治家の委任に焦点をしぼる。政治家→官僚の委任については、違った視点で考える必要があると思ったので、別の機会に書くことにする。

 

「政治家が国民を代表する」ってどういう意味?

ここでいう委任とは、国民が持っている政治運営上の権力の一部を、政治家に委ねることを指す。

これは、代表という言葉とほとんど同じ意味だ。

つまり、「政策決定に関して、国民が政治家に委任する」という表現は、より一般的な言い回しでいえば「政治家は国民を代表して、政策決定を行う」というのと同じ意味である。

 

代議制民主主義

構成員が、代表者(代議員)などを介して、所属する共同体の意思決定に間接的に参加し、その意思を反映させる政治制度または思想。

 

この定義にもあるように、代議制民主主義では、政治家が国民の代表者として国の意思決定を行う。

しかし、政治家が国民を代表するとはどういうことなのだろうか。

 

代理と代表

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この点について、政治学者の佐々木毅氏は、著書『民主主義という不思議な仕組み』のなかで、代理と代表という2つの言葉を対比しながら次のように説明している。

 

代理は民法でも規定されているように、われわれの日常生活で広く用いられています。

その基本的な特徴は、代理人があくまで本人のために行動すること、それを前提にして、代理人の行為の責任を本人が引き受けるということです。

これは政治的に言えば、本人の指示に従って代理人は行動すべきであること、その意味で代理人が自主的に行動する余地が極めて狭いことを意味します。

(中略)

代表は代理に比べると、代表者がより自由度を持ち、いちいち指令に従って行動しなくてもよいという点に特徴があります。一言で言えば、代表者は代理人よりも能動的であり、裁量の範囲が広いのです。

その分、「本当に代表しているのか」「何を代表しているのか」がいつも問題になります。

 

つまりこういうことだ。

国民の代表者である政治家は、国民の指示にいちいち従うこともないし、ときに身勝手に思えるような行動をとることもある。しかし、それが国民が指示した行動をとるよりも、政治家がある程度自分の裁量で行動する方が、実は国民のためになるということもありうる。

一方で、もし政治家の行動が国民に不利益をもたらした場合、選挙によって政治家本人の責任が問われる。

政治家が国民を代表するとはそうした意味合いを持っているわけだ。

 

誰を代表するのか

政治家が国民を代表するという表現にある「国民」とは、実際にはかなり抽象的な存在だ。国民は1億人以上いるわけで、それぞれの利害はしばしば対立する。

では、政治家は誰を代表しているのか。この点について考えてみよう。

 

代表するのは、選挙区の有権者?国民全体?

誰を代表するのかという問題で典型的なのは、政治家は選挙区の有権者のみを代表しているのか、それとも国民全体を代表しているのかという問題だ。

 

ある講演で衆議院議員の石破茂氏は、小学校6年生のときにテストで次のような問題が出たという思い出を語っている。

 

国会議員Aはある法案の採決を前に、非常に悩んでいた。

その法案は、国民のためにはなるが、自分の選挙区にはなんの足しにもならない法案である。

国会議員Aはこれに賛成すべきか、反対すべきか。

 

答えは、「たとえ選挙区のためにならなくても、国全体のためになるなら賛成すべき」である。

なぜなら憲法で、国会議員は国民の一部ではなく、全体の利益のために行動しなければならないと定められているからだ。

日本国憲法第15条 第2項 

すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない

 

とはいえ、この憲法の条文がなければどうなのか。疑問は消えない。

 

それに対して前出の佐々木毅氏は、このような国民と選挙民どちらを代表するのかという問題を解決してくれるのが、政党の存在だと説明する。 

 

議会制の場合であれば、議員たちは政党の一員として行動し、それによってはじめて政権運営にあたることができます。政権運営に与る(あずかる)ことができなければ、約束事はほとんど実現できません。

政党は議員たちが一定の政策目的や主義主張を掲げ、集団で国民を代表することを試みるものです。

この集団に属することによって、国民と選挙民のどちらを代表するかといった問題から議員たちは(相当程度)解放されます。その分、議員たちは政党の主張と選挙民の要望との間で「板ばさみ」になることもありますが、それは先の解放に伴うコストなのです。

 

代表していると「みなす」

もともとの問いに戻ろう。政治家は誰を代表するのか。

自分の選挙区の有権者にせよ、国民全体にせよ、それらが様々な利害を抱えた人々からなる集まりなのだから、結局のところ同じ壁に直面する。

結論からいえば、政治家は選挙に勝つということを念頭に、代表したい人を代表している。

そして、選挙を通じて政治家が選挙区の有権者あるいは国民全体を代表していると「みなす」ことで、代議制民主主義は機能している。

代表制が機能するためには、とりあえずであれ何であれ、代表者が人民なり国民なりを、代表していると「みなす」ことが不可欠です。

これがあって初めて、代表者は決定を下し、物事を処理することができます。(『民主主義という不思議な仕組み』)

 

しかし、なぜ「みなす」という遠回りのことをしてまで、代議制民主主義にこだわるのだろうか。

前回見たように、民主主義には直接民主主義という仕組みも存在する。

ではなぜ直接民主主義ではなく、代議制民主主義が選ばれているのか。次回はこの点について考えてみたい。

 

 

参考文献

待鳥聡史『代議制民主主義』

佐々木毅『民主主義という不思議な仕組み』

石破茂「これからの日本の歩み」横浜青年会議所主催 憲法タウンミーティング2013 in かながわでの講演(YouTubeに動画あり)

 

 

いかにして問題を設定するか

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ハーバードビジネスレビューの2018年2月号の特集は「課題設定の力」だ。

興味のあるテーマだったので、買って読んでみた。

なかでも、コンサルタントのトーマス・ウェデル=ウェデルスボルグによる論文「そもそも解決すべきは本当にその問題なのか」では、より正しく問題を設定するための方法論について論じられており、とても参考になった。

なので今回は、思考の整理として、この論文の内容についてまとめよう。

 

問題解決より問題設定が難しい

まず、筆者によると、企業幹部に行った調査で、企業が苦労しているのは問題解決ではなく、問題設定であることがわかったという。

そして、管理職たちは「行動を重視するあまり、問題を本当に理解しているか確かめることなく、解決策を即座に探そうとしがち」であると、筆者は指摘する。

 

「正しく問題を設定する」とは

では、「問題を本当に理解する」、あるいは「正しく問題を設定する」というのはどういうことなのか。

筆者は、エレベーターの例をあげて次のように説明している。

 

なかなか来ないエレベーター

次のような状況を想像してみよう。

あなたはオフィスビルの所有者で、テナントらがエレベーターについて苦情を訴えている。古くてのろく、待ち時間が長いというのだ。問題が解決されなければ中途解約して出て行くと、脅かすテナントも何件か現れた。

どうすべきかと尋ねられると、ほとんどの人は即座にいくつかの解決策を出す。

エレベーターを取り替える。強力なモーターに交換する、あるいは、エレベーターを動かすアルゴリズムをアップグレードしたらよいかもしれない、といった具合だ。

これらの提案は、筆者がソリューションスペースと名付けたものに大別される。

すなわち、問題は何かに関する共通の前提に基づいた、解決策の集合体である。この場合の問題は、エレベーターがなかなか来ない、ということだ。(中略)

ところが、ビルの管理会社に問題を説明したところ、もっと鮮やかな解決策を示された。「エレベーターの横に鏡を取り付けなさい」と。

この簡単な方法は、苦情を減らすのに極めて有効であることがわかった。なぜなら人間は、思わず見入るようなものが与えられると、時が経つのを忘れがちだからだ。この場合は、自分たち自身に見入るのである。

鏡というソリューションは、実に興味深い。

これは、テナントから苦情として訴えられた問題の解決策ではないからだ。鏡を置いてもエレベーターは速くならない。その代わりに指し示しているのは、問題の理解を変えなさいということである。

当初の問題の枠組みが、必ずしも間違っていたわけではない点には留意してほしい。

新しいエレベーターを設置すれば、おそらく物事はうまくいくだろう。リフレーミングの重要なポイントは、「真の問題」を見出すことではない。解決すべきよりよい問題がないか探ることなのだ。

実際のところ、根本原因はただ1つという考え方自体、誤解を招くおそれがある。通常、問題とは多層の原因から生じたものであり、さまざまなやり方で対処可能である。

このエレベーターの事例では、需要がピークに達した時の問題ーエレベーターを同時に必要とする人が多すぎる場合の問題ーとしてリフレーミングすれば、需要を分散させることを軸にした解決策が導き出されるかもしれない。たとえば、昼食の休憩時間をずらすといった方法である。

問題を別の側面からとらえると、抜本的な改善がもたらされることがある。数十年にわたって解決困難とされてきた問題に対して、解決策を導くきっかけができるかもしれない。

 

正しく問題を設定するための7つの方法

ではどのようにすれば、正しく問題を設定することができるのか。

筆者は、この問いに答えるべく、「問題のリフレーミングの手法」として以下の7つを提案している。

 

1. 正統性を示す

まず最初に問題のリフレーミングの正統性について、チームの他のメンバー納得してもらおう。

たとえば、先ほどのエレベーターを話をしてみよう。

 

2. 第三者を話し合いに同席させる

当事者は、視野が狭くなっているために問題設定よりも解決策に注意を向けがちだ。その点で第三者は、当事者を刺激して、異なる角度から問題を考えるきっかけをくれる。

思いのままに語ってくれそうな第三者に、チームの考え方に疑問を投げかける役割を頼もう。

 

3. 問題の定義を書き出させる

それぞれのメンバーに、解決すべき問題はなにかを1、2文で書きだして説明してもらおう。そして、その説明の文言に細心の注意を払おう。

 

4. 何が抜け落ちているかを尋ねる

書きだしてもらった問題の定義を見るときに、そこになにが書かれているのかを掘り下げるのと同時に、なにが書かれなかったのかを見よう。

 

5. 複数のカテゴリーを検討する

自分たちの考えている問題はどのカテゴリーに属しているのかを、明らかにしよう。 

 

6. よい意味での例外を分析する

問題の枠組みを見直すために、問題が起こらなかったケースに着目しよう。その状況はなにが違っていたために、問題が起こらなかったのかを考えてみよう。 

 

7. 目的を問い直す

ある行動をすべきかどうかを議論しているとき、その目的を明らかにしよう。実は、それぞれの考える目的が異なることがあり、それに気づくことが新たな解決策をもたらしうる。

この点について、筆者は下の例を紹介している。

 

「窓を開けるか閉めるかどうか」について言い争うふたり

二人の目的は根底の部分で異なっていたと判明した。

一人は新鮮な空気を吸いたいが、もう一人は冷たい空気が入り込むのを避けたい。

第三者からの質問によって、こうした隠れた目的が明らかになるまで、問題は解決されなかったのだ。

その解決方法は、隣の部屋の窓を開けることだった。

 

この論文、よければぜひ原文でも読んでみてほしい。

 

参考文献

トーマス・ウェデル=ウェデルスボルグ「そもそも解決すべきは本当にその問題なのか」ハーバードビジネスレビュー 2018年2月号

 

さくらレポートとは

日銀が「さくらレポート」を公表

今月15日、日本銀行が地域経済報告(さくらレポート)を公表した。そのなかで、日銀は、全国9地域のうち6地域の景気判断を「拡大」とした。

北陸・東海で景気「拡大」 1月日銀報告 10年9カ月ぶり複数地域 :日本経済新聞

 

ニュースでこの日銀の景気判断について、たびたび目にすることはあったが、その景気判断を示しているさくらレポートを読んだことがなかった。

いい機会なので、思考の整理として、このさくらレポートについて調べてみた。

 

さくらレポートとは

「支店長会議」のための情報を集約

日銀では、総裁をはじめ全役員、全国32の支店長等が集まり、各地域の経済動向について報告・討議をする「支店長会議」が年に4回(1、4、7、10月)開催される。

適切な金融政策を遂行する上では、経済・物価情勢の実態把握や先行きについて的確な見通しを持つことが必要となる。この会議は、そうした見通しについて、その時点での日銀の認識を確定するものだ。

さくらレポートは、その会議に向けて収集された情報をもとに、支店等地域経済担当部署からの報告を集約した資料である。

 

調査統計局の「地域経済調査課」が編集・作成

さくらレポートの編集・作成を担う部署は、日本銀行調査統計局の地域経済調査課である。これは、12年7月に設置された課で、もともとに調査統計局内にあった「地域経済担当」というグループを格上げしたものだ。

 

「現場の声」を反映

さくらレポートには何が書かれているのか。日銀の担当者が各地域の企業に足を運んで行う聞き取り調査によって得られた「現場の声」が反映されている。具体的な内容については後ほど掘り下げていく。

 

さくらレポートの内容 

さくらレポートとはなにかについて、これまでで簡単に確認した。ここで、さくらレポートの内容について詳しく見ていこう。 

 

景気の統括判断

2017年に入ってから、さくらレポートは「総論」と「各論」の2章構成になっている。

第1章は「総論」にあたり、各地域の景気の統括判断とその判断の背景が示されている。

景気の統括判断は、下のような「回復している」や「拡大している」といったフレーズで表されるものだ。これは、経済状況の現状と方向性についての表現である。

ニュースでは、この統括判断が前回と比べてどう変化したかが注目される。たとえば、今回は、東北・北陸・近畿の3地域の統括判断が上方修正されたことが大きく報道された。

 

 

前回(2017年10月)

改善度

今回(2018年1月)

北海道

回復している

回復している

東北

緩やかな回復基調を続けている

緩やかな回復を続けている

北陸

緩やかに拡大している

拡大している

関東甲信越

緩やかに拡大している

緩やかに拡大している

東海

拡大している

拡大している

近畿

緩やかに拡大している

足取りをより確かなものとしつつ、緩やかに拡大している

中国

緩やかに拡大している

緩やかに拡大している

四国

緩やかな回復を続けている

緩やかな回復を続けている

九州

沖縄

緩やかに拡大している

緩やかに拡大している

 

第1章では統括判断の背景も示される。

たとえば、今回のレポートでは、これら3地域の統括判断が引き上げられた背景についてこのように説明されている。

 

前回(2017年 10 月時点)と比較すると、3地域(東北、北陸、近畿)で総括判断を引き上げている。
東北では、内外企業の設備投資の積極化に伴う、はん用・生産用・業務用機械 の増産から、また、北陸では、能力増強や省力化を目的とした設備投資の増勢の強まりなどから、判断を引き上げている。
近畿では、輸出の増勢の強まりや個人消費の改善を踏まえ、判断を引き上げている。
一方、残り6地域では、総括判断に変更はないとしている。
 

統括判断のフレーズ

この統括判断では、微妙な言い回しの変化によって、各地域の景気認識が示される。
たとえば、今回のレポートでは、東北の統括判断が、「緩やかな回復基調を続けている」から「緩やかな回復を続けている」に上方修正された。
基調という単語が取れたことが上方修正を意味するというのは、正直わかりづらい。
なので、ここで統括判断のフレーズについて、整理しておきたい。
 
先ほども書いたように、統括判断は、経済状況の現状と方向性についての表現である。
つまり、統括判断のフレーズには、「その時点で景気はいいのか、悪いのか」という情報と「景気はよくなっているのか、悪くなっているのか」という情報のふたつが含まれている。
ここで、下の図のような景気の波をイメージするとわかりやすい。f:id:highjamp:20180117220756p:plain

図の曲線は景気の波を表している。
そして、この波には一番低く「谷」になっている部分と、一番高く「山」になっている部分がある。統括判断のフレーズは、現在の各地域が景気の波でいうところのどの部分にあるのかを教えてくれる。
たとえば、景気が一番悪い「谷」の部分では、「低迷している」というフレーズが用いられる。この表現は、2009年4月や7月の北海道の統括判断に盛り込まれた。
その「低迷している」から景気が改善すると「持ち直している」というフレーズが使われる。
先ほどの例でいえば、「低迷している」とされていた北海道は、2009年10月には「低迷しているものの、持ち直しの動きもみられる」というふうに判断が引き上げられた。

企業への聞き取り調査

第1章が「総論」だったのに対し、第2章は「各論」にあたる。
言いかえると、第1章では、統括判断とその背景の簡単な説明で各地域の経済状況をざっくりと示している。
それに対して、第2章では、統計データによるマクロな分析と企業への聞き取り調査によるミクロな分析から、各地域の経済状況をくわしく報告している。
 
とはいえ、さくらレポートでは、統計データは文書の最後に参考として付け加えられている程度の扱いである。
むしろ企業への聞き取り調査によって得られた「現場の声」の反映に注力されている。
 
さくらレポートでは、聞き取り調査の結果を、公共投資、輸出、設備投資、個人消費等、住宅投資、生産、雇用・所得の7つの項目に分けて報告している。
 

さくらレポートにみる、企業の人手不足への対応

紙幅の都合上、今回のレポートで興味深かった点をひとつだけ挙げてみたい。
それは、各地域の企業が深刻化する人手不足にさまざまなやり方で対応しているという点だ。
 
具体的には、以下の5つに分けることができる。
1つ目に賃上げや正社員化といった「待遇改善」。
2つ目に定年の延長や再雇用制度の拡充、採用対象の拡大といった「雇用対象の多様化」。
3つ目にキャリアコンサルティング会社や派遣会社の活用、あるいは買収といった「外部の活用による人材確保」。
4つ目に省力化あるいは新規出店の抑制や営業時間の短縮といった「労働需要の削減」。
5つ目に「採用の断念」。
 
そして、さくらレポートで報告されていた聞き取り調査の結果を、この分類に基づいて下にまとめた。
 
 賃上げ
・トラックドライバーの繋留を図るべく、賞与を1人あたり年間10万円程度増額したほか、残業代を分単位で支給するように改めた(札幌[運輸])。 
・派遣社員の需給がタイト化しているため、派遣料金を引き上げることで人員確保に努めている。この結果、派遣社員と正社員との賃金格差が縮小している(福島[情報通信機械])。
・現場作業員の新卒採用が困難化しているため、2018年度も2017年度と同じく定昇込みで3%程度の賃上げを行う必要がある(新潟[建設機械])。
・人手確保のため、2018年度は、初任給の引き上げとともに、若手社員を中心にベアによる賃上げを行う方針。これにより高年齢層は若手社員比で昇給幅が緩やかになるが、代わりに特別給与を支給予定(松本[建設])。
正社員・パートともに賃金引き上げを進めており、特に人手不足が非常に強いパートについては、最低賃金の改定幅以上に時給を引き上げた(北九州[小売])。
 
正社員化
・人材確保が困難化しているため、パート労働者の正社員化を積極的に推進している(秋田[食料品])。
・派遣社員の確保も困難化しているため、年間4~5名の派遣社員を正社員として雇い入れる方針(広島[自動車関連])。
・将来的な働き手を確保するため、派遣社員や契約社員を直接雇用や正社員に切り替える動きが増えている(鹿児島[人材派遣])。
   

定年の延長、再雇用制度の拡充

・生産設備に余裕があるものの、人手不足により生産量を伸ばすことができない。このため、定年延長で高齢層を繋ぎ止めるほか、ここ数年2%ほど実施しているベアを2008年以降も行うことで新規採用を増やしていく(福島[はん用機械])。 

・変則的な勤務環境を敬遠する若者が多く、人材確保が難しいため、定年退職者の再雇用制度などにより、労働力の確保を検討している(松山[紙・パルプ])。

・派遣社員の時給高騰を受けて、高年層の繋ぎ止めをより重視することとし、経験やスキルに応じて再雇用者の給与減額幅を縮小している(金沢[生産用機械])。

  

採用対象の拡大

 ・企業が労働条件の改善により定着率上昇を図る動きが広まる中、転職希望者が減少していることから、中途での採用を諦め、高卒の新卒採用へと切り替える先がみられる(釧路[行政機関])。

・仙台市内で求人広告を出しても応募者が全く集まらない状況のため、外国人の受入れを強化しており、今後も拡大させる方針(仙台[飲食])。

・パート時給の引き上げのほか、短時間勤務や朝のみの勤務形態を設けるなど、応募要件の緩和を行って、主婦層などの新規採用につなげている(金沢[小売])。

・高水準の生産が続く中で人手不足感が強まっており、期間従業員だけでなく派遣社員や外国人労働者の活用を増やしている(名古屋[自動車関連])。

・当社周辺の大手製造業が採用を強化する中、中途採用でも正社員を確保できないため、2018年からベトナム人を雇用することとした(松江[食料品])。

・機械化が難しい設計部門の人手不足が顕著。このため、採用対象を即戦力の大学院卒にも広げ、採用強化に努めている(岡山[船舶関連])。

 

外部の活用による人材確保

・中途採用を強化しており、キャリアコンサルティング会社を活用している。高額な仲介料を考慮しても技術系人材を確保する必要がある(前橋[自動車関連])。

・労働需給がタイト化し、直接雇用では従業員が集められなかったため、コストは増えるが、派遣会社を活用して社員を充足している(高知[窯業・土石])。

・工事案件を多く抱えているもとで施工部門の人員が不足している。このため、後継者不在により廃業等を検討している施工会社を買収することで人員を確保することを検討している(高知[建設])。

 

省力化

・人手不足対策として店頭で提供する食材の加工工程の機械化を順次進めている。 1台で1時間あたり▲3.5名分の省人化効果がある(札幌[飲食])。 

・採用難による人手不足を受けて、省力化設備の導入も行う計画(福島[はん用機械])。

・人手不足の中、製造工程での半製品の移動や、それに合わせた各装置の始動作業をアームロボット等で置き換える予定(金沢[電子部品・デバイス])。 

・人手不足感が強い中、タブレット端末の導入や、高機能調理器具の導入による生産性向上に努めている(静岡[飲食])。 

・人手不足に対応するため、販売管理や運行管理を効率化するシステムの新規導入などを積極的に実施している(神戸[小売、運輸・郵便])

・人手不足の中で受注の増加が続いていることから、極力人手をかけないよう省力化を意識しながら能力増強投資を行っている(松江[電気機械])。

 

新規出店の抑制や営業時間の短縮

・人手不足を背景に、店舗運営人員の確保の目途が立たず、新規出店を見送るケースが増えている(大阪[対個人サービス])。

・営業終了時刻が終電時刻を過ぎることがアルバイト確保の障壁となっていたため、終業時刻の前倒しを進めており、一定の効果が出ている(札幌[飲食])。

・少子化が進むもとで、求職者数の減少が続いている。こうした働き手の不足が新規出店の抑制や営業時間の短縮など、事業制約となる事例が増えている(大阪[行政機関])。

 ・店舗販売員の人手不足が深刻であることから、一部店舗で定休日を設けたほか、営業時間も短縮した(金沢[小売])。

・伊豆地域の旅館業界では、板前や仲居の人手不足が慢性化しており、部屋食サービスの見直し等を行っている(静岡[旅館])。

 

採用の断念

・地元校の卒業者数が減少していることに加え、地元での就職希望者が極端に少ないことから、新卒採用を見送らざるを得ない状況(札幌[建設])。

・採用活動があまりにも困難化したため、一部企業では新たな人員確保そのものを諦める動きもみられている(名古屋[人材派遣])。

 

さくらレポートを読むと、面白い発見があると思うので、よかったらぜひ。

 

参考文献

「地域経済報告ーさくらレポートー(2018年1月)」

https://www.boj.or.jp/research/brp/rer/data/rer180115.pdf

 

「日本銀行の組織図」

http://www.boj.or.jp/about/organization/chart.pdf

 

「組織図:統計調査局」

http://www.boj.or.jp/about/organization/chart/data/tai07.pdf

 

「フォーカスBOJ 調査統計局『地域経済調査課』の仕事」(広報誌『にちぎん』より)

http://www.boj.or.jp/announcements/koho_nichigin/backnumber/data/nichigin42-7.pdf 

金融政策入門

金利と経済−高まるリスクと残された処方箋』 

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本書について

本書の著者は、日本銀行の統計調査局企画調査課長や日本銀行金融研究所の所長としての勤務経験を持ち、現在は京都大学公共政策大学院で教鞭をとっている。

そんな著者が書いた本書は、いわゆる「異次元緩和」やマイナス金利といった近年の金融政策を解説しつつ、日本経済の問題とはなにか、それをどのように解決すべきか、ということを論じている。

 

本書における著者の基本的な認識は次のようなものである。

 

自然利子率が趨勢的に低下している日本の現状に照らすと、金融政策は適切な処方箋ではない。

一般論として財政政策は、金融政策よりも適切な処方箋となりうる。しかし、財政発動の余地は国により異なる。

たとえば米国には、まだかなり大きな財政拡大の余地が残されているが、日本の場合は、同時に財政の持続性をどのように担保するか、ということを考える必要性がきわめて大きい。

この間、ヘリコプターマネーのような中央銀行による財政ファイナンスは、それだけでは利払い節約につながらない。

 

ここでいう自然利子率とは、完全雇用を実現できるような実質利子率の水準である。

 

このように指摘したうえで、少子高齢化と正面から向き合うことで高齢化をイノベーションと需要増につなげ、成長の源泉にする必要があると著者は主張する。

少子高齢化こそが、自然利子率の趨勢的な低下を招いている原因だからだ。

具体策としては、希望出生率1.8や介護離職ゼロの実現というアベノミクス新3本の矢における目標設定にコミットすることを提言している。

 

とてもわかりやすく解説してあり、自分のような初学者にも向いていると思うので、よかったらぜひ。

代議制民主主義とはなにか

前回は、民主主義とはなにかを確認した。

民主主義とはなにか - 思考の整理

 

民主主義

国民が政治運営上の権力を持ち、国民の意思をもとにして政治を行う政治体制

 

では、「国民が政治運営上の権力を持つ」や「国民の意思をもとにして政治を行う」とはどういうことか。これが次の疑問だ。 

政治学者の待鳥聡史氏による民主主義の定義はこのようなものだ。(待鳥聡史『代議制民主主義』)

民主主義

社会を構成するすべての成人が、その過程に関与する権利を持つ決定の方式

これは、選挙にもとづく民主主義を念頭に置いた定義だ。

この定義によると、「政治運営上の権力を持つ」とは「投票権を持つ」ということである。そして、「国民の意思をもとにして政治を行う」とは「国民によって選挙で選ばれた代表者が政治を行う」ということなのだと読める。

 

それは、英英辞典Oxford DicitionariesのDemocracy(デモクラシー)の定義でも同様である。 

Democracy

A system of government by the whole population or all the eligible members of a state, typically through elected representatives. 

国家のすべての人々、あるいはすべての有資格者による統治システム。(選挙によって)選ばれた代表者を通じて統治されるのが典型である。

 

直接民主主義と代議制民主主義 

ここで、民主主義の分類について確認する。

民主主義は、直接民主主義と代議制民主主義のふたつに分けられる。

直接民主主義とは、構成員が、代表者(代議員)などを介さずに、所属する共同体の意思決定に直接参加し、その意思を反映させる政治制度または思想だ。

例としては、古代ギリシャの民主政が最も知られている。しかし、現在このような政治制度を導入している国はほとんどない。

なので、実際に民主主義に基づく統治を行うときには、代議制民主主義が政治制度として用いられている。

そこで、これからは代議制民主主義に焦点をしぼって、整理していくことにしよう。

 

代議制民主主義とはなにか

代議制民主主義とはなにか。それは、直接民主主義の定義の裏返しだ。

代議制民主主義

構成員が、代表者(代議員)などを介して、所属する共同体の意思決定に間接的に参加し、その意思を反映させる政治制度または思想。

 

委任と責任の連鎖

代議制民主主義の仕組みをわかりやすく図式化すると、下の図のようになる。

これは、比較政治学という政治学の分野でよく用いられる「本人・代理人モデル」というものだ。政治学者の待鳥氏は、このモデルを図で表したときの矢印の連なりを「委任と責任の連鎖」と呼んでいる。

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待鳥氏の著書『代議制民主主義』では、これを以下のように説明している。

代議制民主主義の下では、有権者が選挙を通じて政治家を選び、政治家が実際の政策決定を行う。政治家が決めた政策を実施するよう任されるのが官僚である。

(中略)

代議制民主主義には、有権者を起点として、政治家、官僚へと仕事を委ねる関係が存在する。これを「委任の連鎖」と呼ぶ。

有権者から政策決定を委ねられた政治家、政治家から政策実施を委ねられた官僚は、いずれも委ねた人々の想定や期待に応えた行動をとらねばならない。そのような行動をとっていると説明できる状態を「説明責任(アカウンタビリティ)」が果たされているという。説明責任が果たされなければ、選挙での落選や担当業務からの左遷が待っている。

すなわち、代議制民主主義には、委任の連鎖とは逆向きの「責任の連鎖」も存在する。

(中略)

代議制民主主義とは、委任と責任の連鎖が確保されている政策決定の仕組みを指す。

 

なるほど。このモデルはわかりやすいし、納得感もある。

ただ、ここでひとつ注意しておきたい。

ものごとの仕組みを図式化するというのは、それをわかりやすく説明するために、その仕組みの重要な要素だけを取り出して表現する作業である。

だから、委任と責任の連鎖は代議制民主主義の重要な要素ではあるが、代議制民主主義のすべてを本人・代理人モデルで説明することはできないのだ。

 

このことを踏まえて、次のふたつのことを考えてみよう。

・本人・代理人モデルは、代議制民主主義のなにを説明しているのか。

・本人・代理人モデルは、代議制民主主義のなにを説明していないのか。

 

本人・代理人モデルは、代議制民主主義のなにを説明しているのか

本人・代理人モデルは、代議制民主主義が民主主義のひとつであることを示している。

つまり、代議制民主主義においても、「国民が政治運営上の権力を持つ」ということ、「国民の意思をもとにして政治が行われる」ということを表現している。

本人・代理人モデルの図を再び確認してほしい。

委任の連鎖の出発点は有権者(国民)であり、責任の連鎖の終着点も有権者(国民)である。これは「国民が政治運営上の権力を持つ」ということを表している。

また、矢印の出発点と終着点に立つことによって、有権者は政策決定と政策実施のいずれにも関与している。これは「国民の意思をもとにして政治が行われる」ということの表現になっている。

 

本人・代理人モデルは、代議制民主主義のなにを説明していないのか

大きく分けてふたつ挙げよう。

まず、本人・代理人モデルにおける「委任」とはなにかということである。特に「国民が政治家に政策決定を委ねる」とはどういうことか。

また、本人・代理人モデルは、有権者、政治家、官僚をそれぞれひとりの人間のように表現しているが、実際には集団であり、ばらばらの個人によって構成されている。

つまり、次のような論点が省かれている。

・選挙での各有権者の投票をどのように集約するのか。その集約した結果、誰を政治家にするのか。どれくらいの任期を与え、何を行わせるのか。(選挙制度)

・政府を運営するうえでの責任者(日本でいう内閣総理大臣)をどのように選ぶのか。政府はどのように運営されるのか。(執政制度)

 

次回以降は本人・代理人モデルが説明していない、以上のような点についてさらに整理してみたい。

次回は、その中でも「委任」とはなにかについて考える。 

「政治家が国民を代表する」とは - 思考の整理

 

参考文献

English Dictionary, Thesaurus, & grammar help | Oxford Dictionaries

直接民主主義 - Wikipedia

待鳥聡史『代議制民主主義』

粕谷祐子『比較政治学』

民主主義とはなにか

『市民的自由なき民主主義の台頭』

先日、Facebookを見ていると、雑誌Foreign Affairs Japanのある投稿が目に留まった。

その投稿には、1998年1月号に掲載された論文『市民的自由なき民主主義の台頭』の一部が抜粋されていた。 

いまや尊重に値するような民主主義に代わる選択肢は存在しない。

民主主義は近代性の流行りの装いであり、21世紀における統治上の問題は民主主義内部の問題になる公算が高い。

(中略)

選挙を実施すること自体が重要なのではない。

選挙を経て選出された政府が法を守り、市民的自由を尊重するかどうか、市民が幸福に暮らせるかどうかが重要なのだ。

(中略)

もし民主主義が自由と法律を保護できないのであれば、民主主義自体はほんの慰めにすぎないのだから。

つまりこういうことだ。

市民の自由や幸福といった価値を保証する統治こそが良い統治である。民主主義に基づくことはそうした良い統治を実現するための手段に過ぎない。

なので民主主義に基づく統治が市民の自由や幸福を保証できているのか、その都度点検する必要がある。そして、もしそれらの価値が統治によって保証されていないなら、それは民主主義に何らかの欠陥がある可能性が高い。

 

この指摘が20年前になされていたわけだが、今でも変わらず本質を突いていると思う。 

このような問題意識を共有して、これから思考の整理として、民主主義について考えてみたいと思う。

具体的には、以下のような点について考えたい。

・民主主義とは何か、あるいは民主主義に基づいた統治とはどのようなものか。

・今の日本の統治における問題は何か。

・そしてその原因であるところの民主主義の欠陥とは何か。どうすれば改善できるのか。

 

思っていた以上に自分が民主主義について知らないことに気づいたので、ゼロからゆっくり確認しながら考えてみたい。 

今回は、民主主義とはなにかについて整理する。

 

民主主義とはなにか

民主主義とは何かを考えるにあたって、最初に辞書を引いてみた。(新明解国語辞典 第六版)

民主主義

人民が主権を持ち、人民の意思をもとにして政治を行う主義。

 

さらに、民主と主義についてもそれぞれ調べてみた。

民主

政治運営上の権力が、(独裁)君主にではなく、人民一般にあること。 

まず、民主の意味を見ると、主権とは「政治運営上の権力」なのだとわかる。 

 

主義

1. 自らの生活を律する一貫した考え方と、それによって裏付けられた行動上の方針。

2. 個人個人によって異なる、思想上の立場。

3. 個々人が何らかの制約を受ける、政治体制。 

次に、主義。3の意味での例として、民主主義が挙げられていた。純粋に主義という言葉からイメージするのは2の「思想上の立場」という意味だ。だが、たとえば「民主主義を守る」と言ったときの「民主主義」は、「思想上の立場」というよりも現状の「政治体制」を意味している。

 

最後に、人民の意味についても確認してみよう。

人民

国家・社会を構成する人。国民。

人民という言葉は、普段あまり使わない。ここでの議論では、主に国単位の民主主義の話について考えていきたいと思うので、わかりやすさを重視して「人民」を「国民」と言いかえることにしよう。

 

これらをまとめて民主主義をわかりやすい言葉だけで表現すると、このようになる。

民主主義

国民が政治運営上の権力を持ち、国民の意思をもとにして政治を行う政治体制。

 

とりあえずはこれを民主主義の定義として、話を進めることにする。

次回は、民主主義の分類と、民主主義の具体的な仕組みのひとつである代議制民主主義について、整理しようと思う。

 

参考文献

市民的自由なき民主主義の台頭 | FOREIGN AFFAIRS JAPAN

新明解国語辞典 第六版